はじめに
2025年3月5日(日本時間)、トランプ大統領が「トランプ2.0」と銘打った演説の中で、アメリカの造船業を盛り上げる方針を力強く表明しました。これにより米国の造船・海運関連企業が注目される可能性があります。
海運・造船分野は、造船会社、船舶エンジンメーカー、造船用素材メーカー、そして海運会社といった様々な企業によって支えられています。これらの企業の多くはアメリカの株式市場にも上場しており、世界中の投資家が取引可能です。本記事では、初心者の方にも分かりやすいよう各カテゴリーの代表的な企業を紹介し、その特徴とPER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)、配当利回り(利回り)を2025年3月4日時点のデータで整理します。
※PERは株価が利益の何倍か、PBRは株価が純資産の何倍かを示す指標です。配当利回りは株価に対する年間配当金の割合です。数字はいずれも2025年3月4日時点のものを使用しています。
本記事中の【】の数字は、本記事末尾の参考資料(出典)を示します。
造船会社(Shipbuilders)
ハンティントン・インガルス・インダストリーズ(HII)
特徴: ハンティントン・インガルス・インダストリーズ(HII)は、アメリカ最大の軍用造船企業です。アメリカ海軍の航空母艦を唯一建造する企業であり、原子力潜水艦の主要な供給企業でもあります【1】。もともとノースロップ・グラマン社から2011年に分離独立した経緯があり、現在はバージニア州とミシシッピ州の大規模造船所で軍艦の設計・建造・整備を行っています。軍需中心のため安定した受注が見込め、防衛関連銘柄として位置付けられます。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約12倍(米国株市場の平均と比べてやや割安な水準)【2】
- PBR: 約1.4倍(株価は純資産の1.4倍程度で、資産面から見た評価はおおむね適正)【2】
- 配当利回り: 約3.0%(年率、安定した配当を実施)【2】
HIIは防衛産業という性質上、景気に左右されにくい安定収益が期待できます。PERが低めなのは、株式市場で利益に対して割安と見られている可能性があります。一方で配当利回りは3%程度と、市場平均並みの水準です。軍事造船に特化した企業であることから、安定志向の投資家に注目される銘柄です。
ジェネラル・ダイナミクス(GD)
特徴: ジェネラル・ダイナミクスは米国を代表する総合防衛企業の一つで、その事業ポートフォリオは戦車などの戦闘車両からITサービス、造船まで多岐にわたります【3】。造船部門としては、米海軍向けの原子力潜水艦や駆逐艦を建造する子会社(エレクトリック・ボート社やバス鉄工所など)を擁しています。防衛産業全般の安定収益に加え、ビジネスジェット機部門(ガルフストリーム)も保有しているため、造船専業のHIIに比べ事業の分散が図られている点が特徴です。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約18倍(防衛関連として堅調な業績を反映し、市場平均程度)【4】
- PBR: 約3.1倍(資産の3倍超の価格がついており、ブランド力と安定性への評価が高い)【4】
- 配当利回り: 約2.4%(継続増配傾向で、適度な配当水準)【4】
GDはHIIより企業規模が大きく多角経営なぶん、PERはやや高めですが依然として割安感があります。防衛分野で幅広く収益を上げる安定株ながら、株価純資産倍率(PBR)は3倍前後と市場の期待値も織り込まれています。配当利回りは2%台半ばで、連続増配記録も長く配当成長も期待される銘柄です。
船舶エンジンメーカー(Marine Engine Manufacturers)
キャタピラー(CAT)
特徴: キャタピラーは建設機械の世界最大手メーカーですが、同時に産業用ディーゼルエンジンの大手メーカーでもあります。事業の一部として大型のディーゼル・ガスエンジンやガスタービンの製造を行っており、これらは自社製造の重機だけでなく機関車、発電設備、船舶など様々な用途に供給されています【5】。例えば、船舶用には大出力の船舶用ディーゼルエンジンや非常用発電機としてのガスタービンエンジンを提供しており、商船や作業船のみならず海軍艦艇にも採用例があります。世界的ブランド力と安定した収益力で知られ、景気循環の影響は受けるものの長期的な成長を遂げてきた企業です。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約15倍(建機需要の波はあるものの利益水準に対して適度な評価)【6】
- PBR: 約8.1倍(純資産に対して株価が高め。ブランド価値や収益力への市場評価が大きい)【6】
- 配当利回り: 約1.7%(配当額は堅実に増加傾向だが、株価上昇により利回り自体は控えめ)【6】
キャタピラーは長年増配を続けており、業績好調時には自社株買いも積極的です。株価純資産倍率(PBR)が8倍を超えている点からも、投資家が将来の収益力に期待していることが分かります。配当利回りは約1.7%と高くはありませんが、これは株価が割高に評価されている裏返しとも言えます。安定成長と配当を兼ね備えた大型優良株として、初心者にも名前の知られた存在でしょう。
カミンズ(CMI)
特徴: カミンズはアメリカのエンジン専業メーカーで、ディーゼルエンジンおよび関連部品の世界的リーダー企業です。主にトラックや建設機械、発電機向けのエンジンで有名ですが、実は船舶用エンジン分野でも老舗として知られています。中型から大型まで幅広いディーゼルエンジンを設計・製造しており、商船やフェリー、港湾作業船などのエンジンにも採用例があります。製造だけでなくグローバルなサービス網を持ち、世界中でエンジンの販売・整備を手掛けているのも強みです【7】。社名こそ一般の知名度はキャタピラーに劣るかもしれませんが、エンジン業界では確固たる地位を築いています。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約12倍(堅調な業績に対して株価が比較的割安にとどまっている)【8】
- PBR: 約4.2倍(資産に対して株価が4倍強で、良好な収益力を反映)【8】
- 配当利回り: 約2.0%(配当は着実に出しており、利回りも市場平均並み)【8】
カミンズはPERが12倍前後と、類似業種と比べても割安感がある水準です。背景には近年のディーゼルエンジン需要の変化(代替エネルギーへの移行懸念など)もありますが、それでも事業は堅調です。配当利回りも2%程度あり、株主還元にも積極的な姿勢を見せています。ディーゼルエンジンの将来動向を見極めつつ、中長期で注目したい銘柄です。
※欧州のロールス・ロイス(英国、航空機エンジンで有名ですが大型船舶用エンジン部門も保有)やワーツィラ(フィンランド、舶用エンジン・発電設備大手)なども米国ではOTCマーケットでADRが取引されています。ロールス・ロイス(ティッカー: RYCEY)は船舶用の高速ディーゼル「MTU」ブランドやガスタービンを手掛け、ワーツィラ(WRTBY)は大型船舶の主機関で世界シェアを持つ企業です。いずれも2020年代前半に業績苦戦しましたが、世界的な海運需要回復や脱炭素対応の新製品で巻き返しを図っています。
造船用素材メーカー(Materials for Shipbuilding)
ニューコア(Nucor)
特徴: ニューコアは北米最大の鉄鋼メーカーです。本社は米国にあり、電炉(スクラップを再利用する製鉄)によって様々な鋼材を生産しています【9】。厚板(スチールプレート)分野にも強みを持ち、これは大型船舶の船体や構造物の建造に不可欠な素材です。実際に、ニューコアは幅広い厚さ・サイズの鋼板を製造しており、造船・海洋構造物向け鋼材もラインナップしています。造船業界向けだけでなく、自動車鋼板や建設用鋼材、鉄筋など製品多角化が進んでおり、市況変動に対する耐性も高めています。北米最大の鉄スクラップリサイクル企業でもあり、環境配慮型の鉄鋼メーカーとして評価されています【9】。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約15倍(鉄鋼株としては標準的で、業績に対して適正な範囲)【10】
- PBR: 約1.4倍(株価は純資産の1.4倍と、資産価値に対してやや上乗せ)【10】
- 配当利回り: 約1.7%(近年の増配により利回りはまずまず確保)【10】
ニューコアは好況期の利益を原資に増配と自社株買いを継続しており、配当利回りは1〜2%台で安定しています。鉄鋼セクターは景気循環の影響を受けやすくPERは変動しますが、同社は需要低迷期でも赤字を出にくい財務体質です。米国インフラ投資や防衛支出の恩恵も受けやすいため、中長期の成長が期待されています。
※その他の素材メーカーについて
船舶の建造には鋼材以外にも様々な素材・部品が必要です。例えば、防食塗料を扱う塗料メーカー(アメリカではシェアの高いPPGインダストリーズやシャーウィン・ウィリアムズなど)も造船用塗料を手掛けています。また、プロペラやエンジン部品に使われる特殊鋼・合金を供給する素材メーカー(特殊鋼のAMキャストなど)もあります。ただ、これら専業メーカーは巨大企業ではないため、株式市場で目立つ存在は限られます。造船産業向け素材を網羅的に扱うETFなどは現状ありませんが、大型鉄鋼株や化学株が間接的に造船需要の恩恵を受ける点は押さえておきましょう。
海運会社(Shipping Companies)
世界の海運会社は多数ありますが、その多くが米国市場にも上場しています(特にニューヨーク証券取引所やナスダック)。コンテナ船会社、ドライバルク船会社、タンカー会社など種類ごとに代表的な企業を見ていきます。海運企業は景気や運賃市況に業績が大きく左右されるため、業績好調期には超高配当も出る一方、不況期には赤字というメリハリのある特徴があります。従ってPERや配当利回りも時期によって極端に変動する点に留意が必要です。
ZIMインテグレーテッド・シッピング・サービシズ(ZIM)
特徴: ZIMはイスラエルに本拠を置く国際コンテナ船会社です。2021年に米国NYSEに上場し、一時は世界トップ10に入るコンテナ船運航規模を誇りました【11】。アジア〜欧米間など主要航路で定期コンテナ船サービスを展開しており、中東地域では最大手の海運企業です。2020~2022年のコンテナ運賃高騰期には記録的な利益を上げ、積極的な配当を実施しました。特に2022年には年間で1株当たり合計27.5ドルもの巨額配当を出し、市場を驚かせました(利回りが100%を超える異例の水準)。しかし足元では運賃相場が平常化し、業績は減速しています。コンテナ船ビジネスは市況変動が大きいため、ZIMも収益が乱高下しやすい点には注意が必要です。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 実績ベースでは赤字のため算出不可(直近四半期まで純損失のため)【12】
- PBR: 約0.95倍(株価が純資産ほぼ並みで、解散価値に近い水準)【12】
- 配当利回り: — %(業績悪化に伴い現在は無配。当期利益に連動した変動配当政策)
ZIMは好況期に潤沢なキャッシュを株主還元しましたが、不況期には配当ゼロもあり得ます。そのため利回りも年度によって大きく異なります。株価もコンテナ運賃指数に連動しやすく、PERやPBRだけでは評価しにくい典型的な景気循環株と言えるでしょう。長期投資より、タイミングを見た中短期の投資対象として意識されることが多い銘柄です。
スター・バルク・キャリアーズ(SBLK)
特徴: スター・バルク・キャリアーズはギリシャ系のドライバルク海運会社で、ナスダック上場の銘柄です。鉄鉱石や石炭、穀物などの乾貨物を運ぶばら積み船を多数保有しており、その保有船隊規模から米国市場上場企業としては最大手のドライバルク船会社となっています【13】。本社はギリシャのアテネにあり、シンガポールや米国にも拠点を構えグローバルに事業を展開しています。特徴的なのは業績に連動した配当政策で、好調な四半期には多額の配当金を出す一方、市況悪化時には減配・無配も辞さない方針です。このため投資家には高配当狙いで人気ですが、その反面、市況下落時の株価下落リスクも高いです。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約12倍(直近通年ベース。市況が落ち着いた状態での利益水準に対する水準)【14】
- PBR: 約0.5倍(株価が純資産の半分程度しかなく、資産価値から大きく割り引かれている)【14】
- 配当利回り: 約14%(前年実績ベース。高収益期の配当を反映した非常に高い利回り)【14】
スター・バルクはPBRが0.5倍と解散価値の半分という極端な低評価になっています。これは市場が将来の運賃市況悪化や船舶価値下落を織り込んで慎重になっているためです。一方で配当利回りは二桁台と魅力的ですが、これは過去1年間の好配当による見かけ上の数字であり、今後も同水準の配当が続く保証はありません。海運市況が好転すれば株価の大幅な見直しも期待できますが、逆の場合は業績悪化と減配で苦戦する可能性があります。ドライバルク市況に敏感なハイリスク・ハイリターン銘柄と言えるでしょう。
フロントライン(FRO)
特徴: フロントラインは世界有数の石油タンカー会社です。原油や石油製品の海上輸送を手掛けており、大型タンカー(VLCCやスエズマックス級など)の大船隊を運用しています【15】。ノルウェーの海運王ジョン・フレドリクセン氏が主要株主として知られ、業界再編にも積極的な企業です。近年はタンカー市況が地政学的要因で好転しており、フロントラインも大型船を買い増すなどして規模を拡大しました。その結果、世界最大級の公開タンカー会社との評価もあります【15】。事業の性質上、こちらも業績は運賃相場に左右されますが、タンカー相場はコンテナやバルクと独立した動きをするため、ポートフォリオ分散の一環として注目する投資家もいます。
2025年3月4日時点の指標:
- PER: 約7倍(タンカー運賃市況が好調なため利益水準が高く、PERは一桁台にとどまる)【16】
- PBR: 約1.5倍(株価は純資産の1.5倍程度で、堅調な資産価値成長を織り込み)【16】
- 配当利回り: 約5%(業績改善に伴い配当を再開。直近では年利5%前後の利回り)【16】
フロントラインは2020年前後に一時配当を停止していましたが、市況回復により現在は配当を実施しており利回りも4~5%台になっています。PERが7倍程度と低いのは、現在が好況期である可能性を示唆します(すなわち将来的に利益が平常化するとPERは上昇する可能性がある)。PBRは1倍半程度で、自社船隊の資産価値にある程度プレミアムが付いています。これは経営効率や船隊の若さ(近代化)への評価とも言えます。タンカー株は配当と株価の変動が激しいですが、原油需要や輸送ルートの変化などテーマ性もあり、比較的人気のあるセクターです。
おわりに
以上、アメリカ市場で取引できる造船業および関連企業をカテゴリー別に見てきました。防衛系の造船企業(HIIやGD)は安定性が魅力で、PERや利回りも比較的落ち着いた数字でした。一方、海運株(ZIMやSBLK、FROなど)は市況連動型で、超高配当から無配まで振れ幅が大きいのが特徴です。エンジンメーカーや素材メーカー(CAT、CMI、ニューコアなど)は景気の影響を受けつつも長期的な需要を背景に堅実な業績を維持しています。それぞれ性格が異なるため、投資する際は企業のビジネスモデルと業績変動要因をしっかり把握することが大切です。
本記事が造船・海運関連企業への理解を深める一助になれば幸いです。
参考資料(出典)
- Huntington Ingalls Industriesは米国最大の軍艦建造企業であり、米海軍の航空母艦を唯一建造する企業
usfunds.com
en.wikipedia.org - ハンティントン・インガルス・インダストリーズ(HII)のPER・PBR・配当利回り
(2025年3月時点:PER約12.3倍、PBR約1.44倍、配当利回り約3.05%)
us.minkabu.jp
us.minkabu.jp - ジェネラル・ダイナミクス(GD)の事業は戦車からITサービス、造船まで多角化しており、造船部門では米海軍向けの潜水艦を建造
usfunds.com - ジェネラル・ダイナミクス(GD)の株価指標
(2025年3月時点:PER約18倍、PBR約3.1倍、予想配当利回り約2.4%)
shikiho.toyokeizai.net
buffett-code.com - Caterpillar社はディーゼル・ガスエンジンやガスタービンも製造し、機関車や船舶などの動力に利用されている
en.wikipedia.org - キャタピラー(CAT)の株価指標
(2025年3月時点:PER約15.1倍、PBR約8.14倍、配当利回り約1.67%)
us.minkabu.jp - Cumminsはディーゼル・ガスエンジン分野のグローバル企業で、エンジン・発電機などを設計・製造・販売している
en.wikipedia.org - カミンズ(CMI)の株価指標
(2025年3月時点:PER約12.2倍、PBR約4.22倍、配当利回り約2.02%)
us.minkabu.jp
us.minkabu.jp - Nucorは北米最大の鉄鋼メーカーであり、スクラップリサイクルを通じて鉄鋼を生産、北米で最も多様な鋼材メーカー
alabamanewscenter.com
investors.nucor.com - ニューコア(NUE)の株価指標
(2025年3月時点:PER約15.2倍、PBR約1.39倍、配当利回り約1.70%)
us.minkabu.jp
us.minkabu.jp - ZIMはイスラエルの国際海運企業で、世界トップ20に入るコンテナ船会社
en.wikipedia.org - ZIMの株価指標
(2025年3月時点:PBR約0.95倍、直近業績は赤字のためPER算出不可)
finance.yahoo.co.jp - Star Bulk CarriersはNASDAQ上場のドライバルク最大手で、近年の合併で米上場のバルク船会社として最大規模の船隊を持つ
starbulk.com - スター・バルク・キャリアーズ(SBLK)の株価指標
(2025年3月時点:実績配当利回り約13.98%、PBR約0.54倍。PERは市況変動で大きく変わる)
us.minkabu.jp - Frontline Ltd.は原油・石油製品の海上輸送を行う世界有数のタンカー運航会社
marine-digital.com - フロントライン(FRO)の株価指標
(2025年3月時点:PER約7.3倍、PBR約1.55倍、配当利回り約4.9%)
finance.yahoo.co.jp
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